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7. 「侍タイムスリッパ―」を見て

 

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7. 「侍タイムスリッパ―」を見て

北田敬子

雷に打たれてタイムスリップするという設定を四の五の言わずに受け入れられるなら、これは掛け値なしに楽しめる芳醇なコメディーだ。時は幕末。会津藩士高坂新左衛門が長州藩士山形彦左衛門を討てと言う命を受けて果し合いに及ぶ。剣の腕前はほぼ互角。刀剣が激しくぶつかり合う金属音の響く中に雷鳴が轟く。

新左衛門が目覚めたのは21世紀の京都。時代劇の撮影現場だったものだから、映画の虚と実が錯綜し、彼は殺陣の「切られ役」という仕事を得て現代を生きることとなる。もし幕末の侍が現代社会に放り込まれたらどんなことになるかというシミュレーションとしての可笑しさ・哀れさと、特殊技能「時代劇の殺陣」という様式美のブレンドが緊張感漲る場面を次々に繰り出す。

更にこれは「時代劇というジャンルの映画を撮ることについての映画」でもある。「切られ役」を志願する新左衛門を「食べていける仕事ではないからやめておけ」と師範は諌めるものの、架空の設定の中に息づく侍を唯一のおのれの存在証明と見做す新左衛門の「本気」が入門を許される場面は、コメディーどころかシリアスドラマそのものだ。このseriocomedy (悲喜劇)の味わいが「侍タイムスリッパ―」の特徴を成す。

作成中の映画の助監督を務める優子がテキパキと働く様子、当然のことながら現代社会の約束事にもスピードにもついていけず心身ともに痛めつけられる新左衛門を「高坂さん」と呼んで何かと面倒を見てくれる優子に、リアル侍高坂新左衛門は仄かな恋心さえ抱く。ところがライバル登場。なんと宿敵山形彦左衛門もタイムスリップして(しかも十年前に)同じ映画界へ飛び込んでいたのだった。配布された映画台本から会津藩の凄惨な最期を知ることになった新左衛門は、彦左衛門(劇中の相手役風見恭一郎)との果し合いの場面に「真剣」での勝負を申し出る。武士として譲れない条件として。

かくて虚と実がないまぜになり、二人のサムライタイムスリッパ―は俳優・スタッフの見守る中、重い本物の刀で対峙する。大いに笑いながら画面を見つめていたはずの観客も、固唾を飲んで画面に引き付けられる。どちらかが死ぬのかと本気で入れ込まざるをえない。

これが自主制作映画だというのには驚く。大きな映画会社が作って配給会社が上映劇場を割り当てたのではなく、「映画の町工場」の異名をもつ『未来映画社』が監督・脚本・撮影・照明・編集・車両(?)を自ら担う安田淳一の大胆な構想と行動力によって実現させた破格の作品なのだった。むろんアマチュアの映画ではない。高坂新左衛門役の山口馬木也を始め、冨家ノリマサ(山形彦左衛門・風見恭一郎役)、沙倉ゆうの(山本優子役)、峰蘭太郎(殺陣師関本役)など芸達者なキャストを配し、隙の無くかつ大らかな映画人の物語(メタ・シネマ)となっている。二人のライバル侍が真剣勝負に至る「バディーもの」としても極めて魅力的な展開で、息つく間もないエネルギッシュな作品だ。

★★★★★

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